なんだかスッキリしない・・・観るべきでなかったのかもしれない・・・
知らないほうがよかった。
よかったことと言えば、シャンソンそのものはエディット・ピアフ自身の吹き替えなので、たっぷりと聞けるところ。
しかしコレだって今となっては・・・
スッキリしない原因は、構成。
時代があっちこっち飛ぶため、登場人物や人間関係をずっと頭の中で整理しっぱなしで、映画の後半は誰が誰だか分からなくなった。
当然、今何が起こっているのか分からないところも。
終幕10分ぐらい前の父親との心温まるエピソードが、ここにくる意図が分からない。
幼少期のピアフの孤独を強調することで、彼女がナゼ愛を求めていたかを示唆したかったのか、はたまたK同学の言う通り、ピアフ自身の妄想だったのか、謎。
観るべきでなかったのかもというのは、ピアフの傍若無人さに胸が悪くなった。
「飽くなき愛の探究心」とか「プロ意識」とか、「天才がゆえ」とか、取って付けたかのよう御託を並べることはできるけど、申しわけないけど、とってもと~っても感じ悪い。
「孤独」ということで片付けられるものでもないワ。
歌そのものがおもいっきり褪せるの・・・
思うに、これからこの映画を観にいこうとする人は、伝記をサラッと読んでからの鑑賞をお勧めします。
予習が必要かと。
既に見終わったワタシは・・・今はピアフに嫌悪感があり、当分は、耳は当然、目もふれたくないの。凹む。