pick up@台北市孔子廟
台北到着日に、空港から台北市内に向かうリムジンバスが、北京大学での校舎にそっくりな様式美の建物の前を通ったのですが、よもやそれが孔子廟だったとは、行って知りました。
二二八紀念館で日本語音声ガイドを借りて回ったのですが、音声ガイドがあると、日本語と中国語が頭の中でうまく切り替えできなくて(1)、展示文章がうまく読み込めなかったので、ここでは借りないつもりでした。
しかし、1人でなにやらメモを取っているワタシを見た服務員が、熱心に勧めて下さったので、断りきれなくて借りたところ、これがヒット、どころかホームラン!
文字化されていない台北市孔子廟の秘密が、随所に織り込まれておりました。
台北市孔子廟に行かれる方、是非音声ガイドを借りることをお勧めします。
このとき、ワタシは手持ちに押し金分の所持がなくてパスポートを預けたのですが、目の前で机に鍵をかって保管してくれたので、安心してもいいかと思います。(2)
音声ガイドとともに、こういう孔子廟の案内図を貸してくれます。

その中で、台北市孔子廟で貰える無料パンフレットや所々にある展示説明にも書かれていない、音声ガイドでのみ知ることのできた場所を、いくつかを紹介します。
案内図【10】孔子問礼老子

(孔子、老子に礼を問う)・・・孔子が老子に教えを請い、その答えに甚く感動した故事の図です。
案内図【12】鴟吻(しふん)・・・この孔子廟では全部で14匹。火災を抑える意図があります。見難いですが、上記地図写真の右端にあるものです。
案内図【15】儀門の梁・・・ここには2つの桃がありますが、2つとも全く違う桃だそうです。西側はふっくらとした桃、東側は鳥がついばんだような跡がある桃。どうやら、2人の職人が現実の桃を競い合って作ったため、このような違いが出たそうです。しかし、ワタシの目ではその違いがはっきりと確認できませんでした。
案内図【23】彩衣娯親

(さいいごしん)・・・孔子が親孝行をするの図
案内図【24】聘孔明

(へいこうめい)・・・三国志より出典の図。詳細は失念・・・。
孔子廟は、もともと学ぶための公堂を併設するのが習わしだそうです。

台北市孔子廟には明倫堂(めいりんどう)という今でも様々な勉強会が催される建物が、西側に建てられています。
案内図【26】です。
ワタシは台北市孔子廟が初めての孔子廟で、日本の長崎や中国大陸にこういった公堂があるのかは分かりません。
しかし大陸では、孔子を打倒の標的として退けられていた時期がありました(3)が、ここでは1879年にこのように学問の神様として丁寧に祭られ(4)、台湾人親子がお参りしている姿をみました。
学生の頃、何度も孔子に関わる課題をこなし、中国はどういう形であれ、孔子を避けて通ることのできない国だと思ってきました。
これをきっかけに、孔子の『論語』を再び読み直したいと思いました。
1つ合点がいかないのが、台北市孔子廟に朱熹が祀られていることです。
孔子の弟子ということで。弟子になるのかしら・・・?
朱熹について、もう一度学び直さなければ・・・
(1)それ以前に中国語がそれほどできるわけではないのですが、日本語に浸っていると、よっこらっしょと中国語の頭を持ち上げるのに、すごく時間がかかるのです。なぜか・・・
(2)ホントはめちゃくちゃ不安でしたが(笑)
(3)現在は見直され、孔子の教えの意義を再確認されています。
(4)台北市孔子廟は、1879年に台北府文廟としてスタートしました。その後日清戦争によって破壊され、日治時代には日本人学校を建てるために取り壊され、1939年に現在の孔子廟が再建されました。ちなみに現在の明倫堂は、1956年の再建です。
おまけ@台北市孔子廟のトイレ
台北市孔子廟は無料で参観できます。
本殿である大成殿を中心に、西側には明倫堂がありますが、東側はちょっとした憩いの場になっていました。
憩いの場という表現はおかしいかな。
武廟にあたる場所なわけですから。


踊りとか、バトミントンとか。
これはよく見る光景でもあるので、大して驚きもないのですが、

請勿洗毛筆・・・筆を洗わないで下さい。
これは孔子廟らしい張り紙では?
本日2日目も快晴☆











第2次世界大戦終了後、51年に及ぶ日本統治時代は終わり、台湾は中華民国(当時)に帰った。


